2023年において高齢者人口は3,000万人を超え、この数は日本人全体の3割近くにも上ります。そして高齢者人口のうち15%以上もの方が認知症であるというデータ(高齢社会白書)も示されています。
認知症はとても身近な症状であり、判断能力が低下することから法的な問題も絡んできます。財産管理、契約行為などに支障をきたすこともありますので、ここで紹介する対策を検討していただければと思います。
目次
認知症になって困るのは、「単独で法律行為をするのが難しくなる」という点です。財産を管理する、資産運用をする、介護サービスを申し込む、贈与をする、遺言書を作成する、などさまざまな行為を1人ですることが難しくなってしまいます。
そのため事前にいくつか検討しておきたい手続があります。次に挙げる特定の契約、制度の利用などを考えてみましょう。
それぞれに効果が異なりますので、必要に応じて選択する必要があります。まずは各手段の概要を紹介していきます。
日本には「成年後見制度」という制度があります。法律行為のサポートを行う人物(「後見人」などと呼ばれる。)を付けることができ、この人物が生活に必要な契約について代わりに締結をしたり財産管理をしてくれたりします。これらのサポート内容は「身上監護」とも呼ばれます。
成年後見制度には、①すでに判断能力が低下してしまっている方向けの「法定後見制度」と②将来の判断能力低下に備える方向けの「任意後見制度」、の2つがあります。
任意後見制度では保護対象となる本人による事前の契約が必要です。その契約に定めることで、何を後見人(この場合は「任意後見人」。)に頼むのかを本人とその受任者が自由に決められます。法定後見制度だと本人の裁量に制限がかかるため、できるだけ自分の希望を反映させたいという場合、認知症への備えとして任意後見制度を利用しておきたいところです。
なお、任意後見制度でフォローできる身上監護に介護そのものは含まれません。そのため介護対応してくれる人物を選ぶために任意後見契約を結ぶのではなく、介護サービスの申し込みなどの対応をしてくれる人物を選ぶために任意後見契約を結ぶのです。
認知症により判断能力を失ってしまうと、預金の引き出し、解約、その他財産の管理や処分などが難しくなってしまいます。そのことによって、本人だけでなく、当該本人の財産を頼りに暮らしていたご家族も困ることとなってしまいます。
そこで前述の成年後見制度により後見人等を選任しておけばこの問題をある程度解決することができるのですが、同制度の趣旨は本人の不利益を防ぐことにあります。財産を処分したり、株式や不動産投資などにより現金を増やしたり、といった行為は基本的に対象外です。本人に不利益が生じ得る行為などについては裁判所の許可を得る必要があり、できることに限りがあります。
そこで財産の取り扱いに特化した「信託」の仕組みも利用を検討してみましょう。
信託とは「財産を他者に託す」ことを意味します。単に贈与するのではなく、財産を他者に託した上で、管理・運用から生じる利益を自分に返すといった設定を行うことも可能です。認知症対策としては「家族信託」という名称でよく利用されています。これは家族内でする信託であり、次のような利用事例が考えられます。
例:認知症になった後のことを危惧する父を「委託者」兼「受益者」。財産管理等を担う人物である息子を「受託者」とする。父は不動産と預貯金を信託財産として息子に託し、息子はこれらを信託契約に従って管理運用。息子は毎月報酬として月数万円程度を受け取りながら、信託財産から父の生活費を支出、そして不動産の運用益を父に還元する。
※委託者:自らの財産を預ける人物
※受託者:託された財産を管理運用する人物
※受益者:信託財産の管理運用による恩恵を享受する人物
認知症対策に加え、信託の仕組みを使えば相続対策にもなります。「自らが亡くなった後、信託財産を誰のものとするのか」という内容を契約に定めておけば、遺言と近い効果を生じさせることができるのです。
ご自身の財産は、死後、相続財産として配偶者や子どもなどに承継されます。どのように分割されるのかは相続人たちの話し合いによって決まりますが、遺言書に記載をしておけば指定ができます。
ただ、遺言書の効力が生じるのは遺言者が亡くなった後であり、その後実際にどうなったのかをご本人が確認することはできません。また、相続人の話し合いによって遺言書の指定と異なる形で遺産分割することもできてしまいます。
そこで特定の財産を特定の人物に受け取って欲しい場合は、「生前贈与」という手段も検討すると良いです。相続が始まる前に特定の人物と契約を交わし、財産を引き渡しておくことで、確実に譲渡することができます。
しかしながら、贈与をするときは「贈与税」に注意が必要です。相続による承継でも「相続税」は課税されるのですが、相続を待たず贈与をした場合の方が税負担は大きくなりやすいのです。
前述の通り、遺言書を作成しておくことでも財産の行方を指定することができます。また、遺言書を使えば「特定の財産を誰に取得させるか」だけでなく、「相続人たちそれぞれの取得割合」を指定することもできますし、「一定期間遺産分割を禁止する」といった指定もすることができます。
また、遺言書の作成にあたって相続人や受遺者(遺言書の効果として財産を受け取る方のこと。)の承諾を得る必要はありません。贈与契約とは異なり、遺言者の一方的な意思表示により効果を生じさせることができます。
ただし、法律に従い適式に遺言書は作成されていなければなりません。「書面に書き記しておけば良い」というものではなく、民法の内容に沿って作成していく必要があります。そのため、1人で作成することもできますが、できれば専門家のサポートを受けるか公証役場で公正証書遺言として作成することが推奨されます。
このように認知症対策となる手段は複数あります。とはいえ、これらを利用すれば万全ということでもありませんし、各手段を利用することによってかえってトラブルが起こるおそれもあります。そこで次のポイントを押さえて利用を検討することが大事といえます。
手段の併用も検討する | 1つの手段に限定する必要はないため、複数の手段を併用することも視野に検討を進める。 例えば任意後見制度と家族信託を併用することで、身上監護と資産運用を任せられるようになる。ただし手続の手間が増える、コストが増えるなどのデメリットもある。 |
---|---|
余計なトラブルが起こらないように配慮する | 生前贈与や遺言書の作成などにより財産の取得者を定めることができるが、相続人の期待を大きく裏切ることになれば、家族間で揉めてしまうこともある。そのため事前に相続人となり得る家族などにも相談しながら手段を検討して、将来のトラブルを予防する姿勢も重要。 |
専門家にも相談して検討する | どの手段も法的な問題であるため、できるだけ有効活用し、揉め事を回避するためには、法律の専門家のアドバイスも受けておくことが大事。事前に状況を説明し、どの手段を利用すべきか、どのように利用すべきか、相談をしておくことが将来のリスク低減につながる。 |
早めに対応する | 認知症になる時期を予測することは困難で、自覚ができないこともある。判断能力が低下することで任意後見契約や信託契約、遺言書の作成など、選択できる手段が少なくなっていくため、できるだけ早めに対応することが大事。 |
以上のポイントを踏まえ、今後どうすべきか、何から始めるべきか、検討を始めていくと良いでしょう。ご家族への相談、そして専門家も積極的に利用することもおすすめします。