自分の財産を他人にあげる行為については、法律上、「贈与」と呼んだり「遺贈」と呼ばれたりすることもあります。財産が譲渡されるという同じ結果が生じるものの、両者は異なる性質を持っており、財産をあげる方・受け取る方はその違いについて知っておいた方が良いです。
大きく異なるのは手続などのやり方で、他にも財産が移転する時期や課税の問題についても留意したい点があります。当記事ではこれらの違いについて紹介をしていきます。
目次
「贈与」とは、財産をあげる人と受け取る人が約束し、その約束内容に従って無償で譲渡することをいいます。
財産をあげる人のことを「贈与者」、受け取る人のことを「受贈者」と呼び、約束のことを厳格には「契約」と呼びます。
贈与をするときは契約を交わすことになるのですが、契約が成立するために書面は必須ではなく、口頭で「現金100万円をあなたに譲るよ。」と意思表示をし、受贈者が「わかりました。」と承諾すれば契約が締結されたことになります。
そのため当事者が契約を締結したという認識は持っていないことも考えられますが、少なくとも双方が約束に対する認識を持っていることが、贈与契約を有効に成立させる前提条件となります。
贈与はいくつかの種類に分けられます。一般的な贈与のほか、下表のような贈与の形があります。
死因贈与 | 生前に契約をするが、贈与者が亡くなってから効力が生じる贈与のこと。遺贈(後述)と同じタイミングでの効力発生となり、適用されるルールも遺贈とほとんど共通する。 |
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負担付贈与 | ただ純粋に無償で贈与を受けるのではなく、受贈者にも一定の負担(債務)を課すことで成立する贈与のこと。 負担付贈与の例: ・「家をあげるけど、住宅ローンは支払ってほしい。」 ・「1,000万円振り込む代わりに、介護をしてほしい。」 ・「自宅を贈与するけど、相続が開始されるまでは使わせてほしい。」 |
定期贈与 | 毎月や毎年など、一定期間ごとに一定の金銭や物を給付する贈与のこと。 |
生前贈与 | 一般的な贈与と同じであるが、相続対策であるなど、贈与者が亡くなることを意識してなされる贈与を特に指すときの呼び方。 |
「遺贈」とは、財産をあげる人が遺言書を作成し、その遺言に従って無償で譲渡することをいいます。
財産をあげる人のことを「遺贈者」、受け取る人のことを「受遺者」と呼びます。
遺言書に記載した内容が効力を生じるのは、遺言書を作った遺言者が亡くなってからです。そのため遺言書を作った時点ではまだ財産の所有権は移りません。また、遺言書は遺言者1人で作成できますので、受遺者となる方が何も認識していないという状況も起こり得ます。
遺贈にも次の通り種類があります。
特定遺贈 | 特定の財産を指定してする遺贈のこと。 特定遺贈の例: ・「妻に自宅を遺贈する。」 ・「長男に現金を遺贈する。」 ・「友人Aに土地を遺贈する。」 |
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包括遺贈 | 特定の財産を定めず、割合を指定してする遺贈のこと。相続人以外が受遺者となるときでも、定められた割合に応じて相続人と同じ権利義務を持つ。そのため相続人と一緒に遺産分割協議を行い遺産を受け取ることができる反面、借金などの債務なども取得するリスクを負う。 包括遺贈の例: ・「妻に全財産の2/3を遺贈する。」 ・「長男に全財産を遺贈する。」 ・「友人Aに全財産の半分を遺贈する。」 |
贈与と遺贈を比べたとき、「手続」「財産が移転する時期」「相続分への影響」「税金の種類と負担」に大きな違いがあるといえます。それぞれの詳細を以下で説明します。
次のように、贈与では契約を交わすこと、遺贈では遺言書を作成することが必要です。
《贈与と遺贈の手続の違い》
契約を交わすということは双方が意思を示し、双方が約束の内容に納得して合意をすることを意味します。そのため契約といっても難しい手続は必要ありません。
一方の遺贈では、遺言者が勝手に財産を譲渡することについて決められますが、遺言書という書面を作成することが必須です。しかも民法に規定されたルールに従わなければならず、ただ紙へ遺贈したい旨を記載するだけでは無効になるおそれがあります。
遺言書の作成方法は、遺言書の種類によっても異なります。いくつか種類がありますがその中でも「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」が一般的に多く採用されています。
自筆証書遺言 | 遺言者が自書により作成する遺言書。 窓口等での手続は不要で、好きなときに1人で作成できる。ただし全文を手書きしないといけない(財産目録の作成は除く)。 |
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公正証書遺言 | 公正証書として作成する遺言書。 公証役場で手続を行う必要があり、公証人や証人とともに作成をすることになる。内容を遺言者が考え、公証人にその内容を伝え、公証人が遺言書を作成する。 |
贈与の場合、即座に財産を与えることができます。契約で「〇〇年〇〇月〇〇日に贈与する」などと特定の日付を定めればその日付で効力を生じさせることもできます。贈与者が財産の名義変更等の手続に関与できますので、移転をスムーズに進めやすいこと、譲渡が完了したことを贈与者が確認できる、といった利点があります。
一方の遺贈では、遺贈者が生きているうちに財産は移転しません。効力が生じるのは遺贈者が亡くなってからであり、相続と同時です。そのため事前に遺贈について知らせていないときは突然の出来事に受遺者が戸惑い、手続が難航することも考えられます。
特定の財産を相続人に遺贈したとしても、相続分が増えるとは限りません。
相続割合を指定してこれを大きくしたり、遺産分割協議で法定相続分※より大きな取り分を認めたりすることは可能ですが、「特別受益の持ち戻し」と呼ばれる処理により利益のバランスが調整されてしまうのです。
※法定相続分:法律で定められている一応の相続分のこと。
現金6,000万円、土地4,000万円の遺産総額1億円の場合を考えてみましょう。妻と長男が相続人である場面において「土地を長男に遺贈する」との遺言がなされたとしても、法定相続分の計算において土地を別枠として扱い、現金6,000万円を均等に分けることにはなりません。
贈与でも遺贈と同じ処理がなされ、先に財産を渡していることにより相続分が少なくなる可能性はあります。しかしすべての贈与に対してそのような処理がなされるわけではありません。実態を評価し、「この贈与は遺産を前渡ししたのと同じだ」と言えないときは、受贈者の相続分は調整されずに済みます。
贈与に関しては「贈与税」、遺贈に関しては「相続税」が課税されます。
どちらも移転した財産の価値の大きさに対応して納税額が定まり、その課税価格が大きいほど大きな税率が適用される仕組みになっています。
ただ、贈与税の方が大きな税額となる傾向にあります。5,000万円の贈与をしたとすれば、次の計算式により約2,300万円の納付義務が受贈者に課されてしまいます。
贈与税の額 = {5,000万円-110万円(基礎控除額)}×55%(税率)-400万円(控除額) = 2,289万5,000円
一方、唯一の相続人が5,000万円を取得したときの相続税は、次の計算式により160万円であることが分かります。
相続税の額 = {5,000万円-3,600万円(基礎控除額)}×15%(税率)-50万円(控除額) = 160万円
相続税の場合、基礎控除額が非常に大きく、同じ金額に対して適用される税率も贈与税より小さいです。この違いが税額の大きな差を生んでいます。
そのため大きな財産を贈与するときは非課税枠の使える特例を利用したり控除制度を利用したりするなどして工夫を凝らすことが重要になってきます。