ご自身の財産については、特別な手続を行うことなく、相続の開始により相続人に承継されます。しかし相続人になれるのは身近な親族に限られますので、その他の親しい方など相続人以外の方に財産を渡したいなら、「遺贈」を検討することになるでしょう。
このとき遺言書を作成することになるのですが、その際、遺贈をしようとする遺言者は「特定遺贈」と「包括遺贈」について理解しておくことが望ましいです。
この記事では特に特定遺贈について言及し、包括遺贈との違いや遺言書作成時の注意点などをまとめていきます。
ぜひ参考にしてください。
目次
相続も遺贈も、被相続人(亡くなった方)の財産の所有が移転することに違いはありません。
しかし相続では、被相続人の権利や義務なども広範に相続人へと引き継がれます。
これに対して遺贈では、遺言者が指定した範囲に限り財産を譲渡することになります。
被相続人となる方が生前何ら対応しなくても相続は行われますが、“遺言者の指定”を前提とする遺贈は、被相続人となる方の対応を要します。
具体的には、“遺言書の作成”をしなければなりません。
「本人の死後に効果が生じること」および「本人の生前の行為を要する」という点では、遺贈のほか、「死因贈与」という手段で財産を移転させることも可能です。
この死因贈与には、遺贈とどのような違いがあるのでしょうか。
死因贈与に関して、民法で次の規定が置かれています。
贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与については、その性質に反しない限り、遺贈に関する規定を準用する。
法律上、遺贈に関する規定が準用される旨規定されており、遺贈と近しい行為であることが読み取れます。
ただ、死因贈与はあくまで“贈与”です。効力の発生条件に「贈与者の死亡」が課されている贈与であり、この点遺贈とは大きく異なります。
遺贈は遺言書の作成を前提としますので、遺言者の一方的な行為に基づいて効力が発生します。
しかし死因贈与は贈与契約の締結が必要であり、当事者双方の意思表示を要します。
相手方の納得を得ずに、一方的に死因贈与の効力を生じさせることはできません。
遺贈も細かく分類することができ、特に押さえておきたいものに「特定遺贈」と「包括遺贈」があります。
どちらのタイプで遺贈を行うかにより、渡す財産の内容、受遺者の権利義務に大きな差が生じます。
そのため遺言者は特定遺贈と包括遺贈の違いを理解し、よく考えて遺贈のやり方を決めることが大事です。
なお、遺贈に条件や期限を付したり負担を付したり、細かく設定することも可能です。
そのときの遺贈を「条件付遺贈」「期限付遺贈」「負担付遺贈」などと呼んで区別することもあります。
特定遺贈について詳しく解説していきます。
特定遺贈とは、“特定の人物に渡す財産を具体的に特定して行う遺贈”のことをいいます。
つまり、「私の土地Aを、長男のXに渡す」といった記載を遺言書に記した場合、特定遺贈を求めていることになります。
目的物である財産の内容は問題となりません。
預貯金であっても不動産であっても、その他株式や動産などの財産なども、特定がされていれば特定遺贈として遺贈されます。
ただ、“特定”の解像度はある程度高くある必要があります。単に「預貯金はYに渡す」と記載するのではなく、金融機関名や支店名、預金の区別、口座番号、金額なども詳細に特定していくことが望ましいです。
不動産であれば登記の記載に従って記載した方が良いでしょう。
包括遺贈は、“特定の人物に、財産の全部または一定割合を指定して行う遺贈”のことです。
つまり、「財産の全部は、長男Xに渡す」「財産の2分の1は、長男Xに渡す」といった記載を遺言書に記した場合、包括遺贈をしようとしていることになります。
特定遺贈との大きな違いは、“渡す財産の内容までは問わない”という点と、“受遺者が相続人と同等の権利義務を負う”という点にあります。
特に後者の特徴については遺言者が認識の上、遺言書を作成する必要があります。
特定の財産を指定すれば、常に経済的にプラスの価値を持つ財産を渡すことができます。
しかし割合で指定すると、その割合でマイナスの価値を持つ財産等も渡すことになってしまうのです。
もし借金も残っているのであれば、それら債務も受遺者は取得することになります。
また、相続人と同じく、遺産分割協議に参加することにもなります。
簡単に特定遺贈と包括遺贈の違いを整理すると下表のように示すことができます。
特定遺贈 |
包括遺贈 |
|
---|---|---|
遺贈の方法 |
遺言書で、財産を特定する |
遺言書で、取得割合を指定する |
受遺者の立場 |
特定の財産を受け取る権利のみを持つ |
指定された割合で相続人と同等の権利を持つ |
遺産分割協議への参加 |
不要 |
必要 |
負債の相続 |
なし |
あり |
特定遺贈であれば、受遺者が遺産分割協議に参加する必要がありません。
そのため相続人らと一緒になって協議を行う必要がなく、手間がかかりませんし、接点をあまり持たないことでトラブルの発生も回避しやすくなります。
また、債務に関する指定をされていなければ、債務を負担するリスクが受遺者にないのも特定遺贈のメリットといえます。
この点、包括遺贈では指定の割合に従い債務も引き継がなければなりません。
また、包括遺贈だと、“遺贈の放棄をするかどうかの判断”を3ヶ月以内に行わなければなりません。一方で特定遺贈では相続人とは立場を異にするため、遺贈の放棄に関してこのような制限を受けません。落ち着いて検討することが可能です。
以上の説明では、特定遺贈に一方的なメリットがあるように思うかもしれません。
しかし特定遺贈の場合、具体的に記載された財産が消失していると、遺贈が無効になってしまいます。例えば特定の不動産に関して特定遺贈をする旨記載されていても、その不動産の所有権がすでに別の人物に渡っていたり消失していたりすると受遺者は何も受け取ることができません。
この点、包括遺贈では“財産の内容”ではなく“財産の割合”を問題とするため、内容に変化があっても有効に遺贈を受けることができます。
2分の1の割合で包括遺贈をする旨記載されていれば、相続財産の一部を構成する不動産が消失していても、残りの財産の2分の1を取得することができるのです。
また包括遺贈だと、相続人と穏便に協議を進められるのであれば、自分が受け取る財産の希望を申し出ることができます。特定遺贈では遺言者の一方的な表示に制限されますので、受遺者自身が取得したい財産を選ぶことはできません。
遺言者は、上記のメリット・デメリットを認識した上で特定遺贈を行うことが大切です。
また、トラブルを防ぐため、下記の点にも注意して遺言書作成を進めていきましょう。
特定遺贈に限った話ではありませんが、遺贈は遺言書が有効であることを前提に実行されます。
そのため遺言書が存在していること、そしてその遺言書が法的に有効であることが求められます。
遺言書に記載する内容は基本的に自由で良いのですが、作成方式に関して民法に規定が置かれています。
最低限そのルールには従わなければなりません。
例えば遺言書の代表例として「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2つが上げられます。
自筆証書遺言の場合には全文を自書しないといけません。日付や氏名の自書、押印も必須です。
公正証書遺言の場合には作成時に証人2人以上が立ち会うこと、公証人に遺言内容を口授することなどが必須です。
法令に則って適式に遺言書を作成しないと無効になる、ということは覚えておきましょう。
相続人には「遺留分」と呼ばれる、相続財産の一定割合を取得する権利が認められています。
そのため、相続人が遺留分も確保できないほどの特定遺贈をしてしまうと、遺留分の侵害を受けたとして「遺留分侵害額請求」をされてしまうことがあります。
相続人からこの請求を受けると、受遺者は侵害額相当の金銭を支払わないといけなくなります。この遺留分をめぐって相続人と受遺者が揉める可能性もあります。また、与えた財産が不動産であるなど、金銭に置き換えることが難しい場合には、受遺者には現金の負担がかかってしまいます。
そのため遺言者は、相続人の遺留分にも配慮した遺言書作成を心がけるよう注意しましょう。
相続税は、「人の死亡による財産の取得」を原因に課税が行われます。
そのため相続人が相続により財産を取得する場合だけでなく、遺贈で財産を得た場合にも課税されます。
しかも、法定相続人以外に対しては2割加算のルールが適用され、より厳しく課税されてしまいます。
遺留分侵害額請求への対応同様、現金化がすぐにはできない財産のみを遺贈する場合、相続税の計算も行った上で遺贈する財産の内容や大きさを検討する必要があるでしょう。
特定遺贈をしたつもりが包括遺贈として評価された場合、想定外に受遺者が債務を負担する事態も起こりかねません。
そのため特定遺贈であることがはっきりわかる形で遺言書に記載する必要があります。
実際、割合を指定していなくても、「ある特定の財産を除く財産を遺贈する」といった表記により包括遺贈と評価された事例があります(東京地裁平10.6.26)。
そのため弁護士に相談して、遺言者自身が望む形で遺贈が実行できそうかどうか、チェックしてもらうことが推奨されます。